夏休みになると 私は避暑地として祖父の家を好んだ 避暑をしに祖父の許へ行くというのは口実で 祖父だけにできる“話”をしに行くのだが 「…あれ、蔵は?」 祖父の家には 小振りながらも蔵が建っていた 数ヶ月振りに来てみたら いつの間にやら 蔵が無い 「ばあさんももう居ないしのう…庭を広げる為に壊したんじゃ」 蔵の跡地に足を踏み入れる なんとなく 不思議な感じがした 私は 近くに置いてあったスコップを手に取り 土を掘ってみた 「、どうした?」 「何か出るかなと思って…埋蔵金とか」 「埋蔵金なんてあるものか」 そう言われても 探したくなるのが 人間というものだ 徳川埋蔵金を追い続ける人達の気持ちが 私にはよく解る 「……ん?」 暫く掘っていると 白いなにかが顔を出した その白いものを引っぱり出してみると どうやらそれは包帯らしい しかも 黒っぽく染まっている部分が多い・・・これは確実に血であろう 「うっわ……気持ち悪…じいちゃん 埋蔵金じゃなくて包帯が出てきたよ」 「不気味なものを発掘するな」 気持ち悪いのだが 無性に気になる これはきっと いつもの私の悪い癖 「…じいちゃん、ちょっと飛んでいい?」 「適度にな〜」 祖父と私 二人だけの秘密、そして能力 それはタイムトリップが出来る事 タイムトラベルという夢物語は 私達にとって現実、なのだ 祖父は既に力を失っているのだが 昔は筋金入りのトラベラーだったそうな… 妻、つまり私の祖母は 二十二世紀で生きていた未来人だ トリップした先で あろう事か未来人と恋に落ちてしまった訳だ つまり 実際は私よりも年下の女性が私のおばあちゃん、という事になる 祖母が亡くなったので この不思議な能力の秘密を知っているのは私と祖父だけになった 祖父曰く 時の概念というものを滅茶苦茶にしている自覚はあるが愛には抗えなかったとの事 タイムトラベルは楽しいが 流石に恋愛はまずいだろうと私は思う この包帯が血に染まったのは いつだろう… そう考えながら 飛べ、と念じると 気付いたらその時代に飛んでいる 念じた時代に自由に飛べるというのは 便利極まりない お陰様で 今までの人生 失敗という失敗はしてこなかった気がする この 不思議な力のメカニズムは 私も祖父もさっぱり分からない 気がつくと 暗闇の中に一人 立っていた 辺りを見回してみる 数十年前かと思ったら 随分と様子が違う 微かに聞こえる音から考えるに 戦争が行われているようだが 二十世紀のそれよりも古典的だ …もしや戦国時代辺りまで遡るのではないか 「戦争に巻き込まれるのはちょっとなぁ……うわっ」 火薬の臭いに顔を顰めながら歩いていると 何かに躓いた 足下を見ると 人間が横たわっていた 「ぎゃっ!…あ…あの…大丈夫ですか…」 横たわる人間は どうやら腹部から血を流しているようだ 宵の内のようだが 街灯が無いので 表情は分からない その人は 辛うじて息をしていた だが 声を掛けても返事は無い 血が 腹部からどくどくと流れている 見た事も無い光景に 私は徐々に恐怖心を感じてきた 咄嗟に 私は元の時代へと戻ってしまった 「…帰って…きちゃった………」 手足の震えが治まらない あの人は あのまま死んでしまうのではないか 私は まだ息をしていたあの人を見殺しにしたのか 「何か 嫌なものでも見たかね」 蹲る私に 祖父が声を掛けてくれた 「……瀕死の人が…目の前に居た……血を流して 今にも死んでしまいそうな」 声まで震えている タイムトラベラーのくせに なんて情けないのだろう 「…過去に行けば そのような光景に沢山出くわすに決まっておる そもそも私が小さい頃だって 戦争は起こっていたんだからな 過去に行くなら 死と隣合せだという覚悟を持たにゃあいかんぞ」 「こんな科白を言うのはいけない事だけど……あんな恐ろしい時代に生まれなくてよかった…かも」 01 traveler 「…ところでじいちゃん、近所の土手にある一番大きな桜…あれって樹齢何百年?」 「さぁて…五百年近く経つかのぅ……アレのお陰で 春を迎えるのが毎年楽しみで」 「……あの桜がまだ小さかった頃に 行ってみようかな」 私は 懲りない女、なのかもしれない しかし 時間を移動する楽しさを知ってしまうと なかなか止められないものなのだ 「あんまり長居するでないぞ」 「了解!」 祖父は 過度のトリップで既に“リミット”に達している そこまで時間旅行を楽しんでいた祖父が 私に「旅をするな」と言える筈が無い 私は 若いうちに沢山この力を利用して 楽しもうと思う だって 現実の生活なんて楽しくないんだもの 春になると人々を幸せにさせる立派な桜が まだ 小さかった頃―― そう 私はただ 桜を見に行っただけだった 貴方に 出逢うまでは NEXT → (09.6.28 まだ誰も出てこないっていう…) |